イスラエル・ユダヤ食文化

種入れぬパンの祭り

種入れぬパンの祭り-ハメツの規定とペサハの食卓

ユダヤ教の祝祭が、食と関係が深いのは、すでに述べました。世界中の食文化を吸収してきたユダヤ人にとって、祝祭で伝統的に食べられる料理は、まさしく「ユダヤ料理」だからです。そしてその祝祭の中で最も重要なものの一つであり、「食」という面からも興味深いのが過越しの祭りです。過越しの祭りはヘブライ語でペサハ、また「種入れぬパンの祭り」とも言います。

『正月に、その月の14日の夕方に、あなたがたは種入れぬパンを食べ、その月の二十一日の夕方まで続けなくてはならない。七日の間、家にパン種を置いてはならない。種を入れたものを食べる者は、寄留の他国人であれ、国に生まれた者であれ、すべて、イスラエルの会衆から断たれるであろう。あなたがたは種を入れたものは何も食べてはならない。すべてあなたがたのすまいにおいて種入れぬパンを食べなければならない[1]』。

聖書に書かれたこの神の命を、ユダヤ人は今も世界中で守っています。当然イスラエルでもそうですが、建国に伴いエレツ・イスラエルに帰還した彼らは、ディアスポラの各地で育んできた食習慣・食文化も共に持ち込みました。種とは酵母のことで、ヘブライ語でハメツと言い、広くは酵母を含む食品全般を指します。このハメツの取り扱いに、各コミュニティー・各セクトの伝統と習慣が表れます。「種入れぬパンを食べる」という一つの神命が、今、エレツ・イスラエルで多様な食の在り方を生んでいます。

種入れぬパンの祭り-ハメツの規定とペサハの食卓

ペサハは、初穂シャヴオート[2]、収穫のスッコート[3]と並んで、春の農耕の開始を告げるユダヤ三大巡礼祭[4]の一つで、通常3月下旬から4月上旬のニサンの月に当たります。2010年のペサハは3月29日の夕方から4月6日の日没まででした。この春の祭りと、出エジプト記の記述に見られるユダヤの民族的・宗教的独立を記念する「種入れぬパンの祭り」が結びついて一つとなったものです。

ユダヤ人は、ペサハの始まりをセデルという宗教儀礼で祝います。ユダヤの暦では、一日は日没と共に始まりますから、セデルとは、ペサハ最初の晩餐を指します。セデルは、一族親戚とともに家族でも祝いますが、シナゴーグ主催でも行われます。基本的に儀式は共通しており、マツァと呼ばれる種なしパンと共に、マロール[5]、カルパス[6]、ハロセット[7]、ゼロア[8]、ベイツァ[9]の5種類の象徴的食べ物を配したセデル・プレートが卓上に並べられます。ただし、セクトによっては、6種類目としてハゼレット[10]を加えるところもあります[11]。セデルで最も象徴的なものは、もちろんマツァです。ペサハの期間ハメツが食べられないのは、エジプトを脱出する際に時間がなかったため、まだパン種を入れてない練り粉を持って出たことに由来します[12]。この先祖の苦難を記憶するために、毎年ペサハにマツァを食べるわけですが、しかし実際のところ、マツァは苦行だけでは終わりません。

毎年ペサハ前には、書店にはハガダーという出エジプトの物語とセデルの式次第を記した本が並びますが、それと共に何種類ものペサハ用のレシピ本もまた、書店に山積みにされます。もちろん、ペサハの食規定を守りつつ、ハメツを使わず如何に美味しい料理を作るかが、美しい写真と共に載っており、各人が自分の家庭の習慣と伝統に合ったレシピを参考に、ペサハの食卓を飾るのです。

種入れぬパンの祭り-ハメツの規定とペサハの食卓

ペサハ前にはマツァが市販され始めますが、その一方でハメツは店頭から姿を消し始めます。パン棚からはパンが消え、ハメツの入った製品のコーナーにはカバーが掛けられます。パン屋はペサハの始まる前に店を掃除し、基本的にペサハ期間は閉店します。コーヒーの自動販売機すら、使えなくなります。ペサハ期間は、ユダヤ人はハメツを食べないことはもちろん、所持してもいけません。したがって、カバーをかけて店内に置いてある場合でも、ペサハ期間は書類上非ユダヤ教徒に「売った」ことにして、ユダヤ人のものではないということにしているのです。異教徒に「売った」ハメツは、もちろんペサハ後に「買い戻され」ます。もっとも、このようなハメツの規定の遵守も、実際は信仰の度合いに応じて異なり、たとえばテルアビブのような世俗的で観光客も多い大都市では、ハメツを売る店も少なからずあります。

しかし、やはり一週間も全国的にハメツ製品が禁じられるわけですから、経済的な心配をしてしまいます。ところが、ペサハになるとハメツが食べられなくなることで、かえって食べ溜めや買い溜めも多いとか。また、ペサハ明けの夜には、パンやハメツ製品を求める人で賑わいます。ペサハの一週間は、メディアは飲食店でのハメツの売買やハメツの規定に関する習慣等や、ハメツを使わないレシピを取り上げます。ハメツに関しては色々な解釈があって、イスラエルの飲食店や小売業は独自のスタンスから、ユダヤ教の戒律に基づいた伝統として受け入れているようです。

最近では、チョコレートコーティングされたマツァや、健康志向のオーガニックマツァ、栄養たっぷりの卵を使ったマツァ等の、様々な「ペサハ期間限定商品」が登場しています。キトニヨット[13]といって豆類の製品を禁じたハメツの厳しい規定を持つアシュケナジームでもジャガイモは許されるため、飲食店ではジャガイモ粉をつかったハンバーガーやピザが販売されます。ハメツの規定に食生活を縛られるペサハですが、ユダヤ独自の様々な「ペサハ使用」の商品が街頭を賑わす興味深い期間でもあります。

もちろん信仰の度合いやセクトによって食べられるものに差はあり、その家族独自の習慣がつくられていき、それが伝統になっていくわけです。世界各地から移民が集ったエレツ・イスラエルでは、ペサハで何を食べるか、習慣の違う人とどう合わせるか、結構気をつかったり、また逆に楽しい問題でもあります。

種入れぬパンの祭り-ハメツの規定とペサハの食卓

さて、このようにハメツを取り除いた料理や商品が求められるペサハですが、もちろんスイーツは欠かせません。ナッツ類やドライフルーツは食べてもOKなため、ペサハ前から、様々な種類のペサハケーキが販売されます。料理本でも独自のペサハケーキは目玉のレシピです。そして、この様々なペサハケーキは、セファルディームの伝統から生まれたものが多いのです[14]。セファルディームの名前の由来であるスペインは、アーモンドやナッツ類の名産地で、1492年後のセファルディック・ディアスポラ以降のセファルディック・コミュニティの中心地であるオスマン帝国もそうです。地中海地域の豊かな恵みから生まれた様々なケーキやお菓子が、ペサハの食卓を彩ります。

たとえば、マザパンはアーモンドからつくられたスペインを代表するお菓子ですが、その起源には諸説あります[15]。その内の一説として、ペサハと関係があるともいわれています。元々スペインにアラブが侵入した際にサトウキビが持ち込まれ、アーモンドと砂糖を使ったお菓子がつくられるようになりました。小麦粉を使わないこのお菓子は、ユダヤ人がペサハのときに食べるために考案されたとも言われているようです。マツァのパン、マザパンというわけです。マザパンはトレドの名物として有名ですが、トレドは元々、西ゴート王国以来のキリスト教の古都で、レコンキスタ後は、イスラーム文化の翻訳の中心地としてユダヤ人が活躍した地でもあります。やがてマザパンはクリスマスに食べられるお菓子となり、スペイン定番の伝統菓子となっていきます。もちろん、現在も、マザパンはペサハで食べられています。特に、ペサハ明けを祝うモロッコ系の伝統の祭りミムナー[16]は、何種類ものスイーツを食べるのもので、様々な形のマザパンもその食卓を彩ります。酵母を使わないお菓子も、長い歴史の中で、様々な宗教や伝統行事に取り入れられ、伝えられています。


[1] 出エジプト記12章18-20節 日本聖書協会1995年改訳版。

[2] 過越しの祭りの50日後に祝われる祭り。シバンの月(5月~6月に当たる)に行われ、春の最初の収穫を祝う農耕祭です。キリスト教のペンテコステに当たります。

[3] ユダヤ人がエジプトを脱出してから荒野で天幕に住んだことを記念する。祭りの際には、仮説の住まい(仮庵)を建てたことから、仮庵祭ともいいます。ティシュリの月(9月~10月に当たる)に行われるため、収穫祭の側面を持ちます。

[4] 出エジプト記23章14-17節。

[5] 苦菜といい、おそらく西洋わさびのこと指します。エジプトでの苦難の象徴です。

[6] オードブルの季節の野菜。エルサレム神殿時代に始まったといわれます。

[7] りんごやくるみ、シナモン等に赤ワインと砂糖を混ぜ合わせたもの。煉瓦づくりの象徴。

[8] 子羊の前脚のロースト。神の救い手の象徴。

[9] ゆで卵。神殿に捧げられた供物の象徴といわれます。

[10] 複数形で表記があるため食べられるようになった、もう一種類の苦菜。

[11] Michael Strassfeld, 1985: The Jewish Holiday; A Guide and Commentary, A Harper Resource Book, p.17-18

[12] 出エジプト記12章34節

[13] 元は豆類のことですが、ハメツと間違う可能性があるとして禁じられたもの全般を指します。豆類意外にも、米・トウモロコシ等を含む場合もあります。アシュケナジームの習慣ですが、ラビやセクトによって、何をキトニヨットとするか解釈が異なります。

[14] Claudia Roden, 1996: The Book of Jewish Food; An Odyssey from Samarkand and Vilna to the Present Day, Penguin Book, p.512

[15] たとえば最も有名な説の一つは、アラビア語のmawthaban(座する王もしくは像という意味)に由来するというもの。これは元々ビザンツのコイン、あるいはキリストが玉座に座っているヴェネチアのコインがデザインされた小さい箱から来ているといわれています。他にもマザパンの名前の由来は色々あって、その広がりと歴史の古さが分かります。

[16] モロッコを中心とした北アフリカ系ユダヤ人の伝統。家の扉を開け、隣人や知人を招き、ペサハ明けを祝います。酵母を入れたモフレタという薄いクレープのようなパンを焼き、蜂蜜やバターをつけて食べますが、他にも様々な種類のスイーツが食卓に並びます。翌日はピクニックをしたり、春の訪れを祝う行事です。現在イスラエルでは、家族でピクニックやバーベキュー、また公共の催し等が行われ、ミムナーは国民的な「春の祭」となっていますが、反面、政治的プロパガンダに利用されたり、組織化が目立ってきています。


投稿日時:2010/4/20 (火) カテゴリー:Rie Report


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